賢いゆりしいず

ゆきおかむら

http://www.youtube.com/watch?v=sAZlHyiiOPA&feature=related


あしたは、あんでぱんだんでえんそう。


つぎは、ひろしま、 そのつぎ、めとろ。 ぼろふぇすた。


かしゆりは酔っ払いバンドやし、えんそうちゅう大半は眠っているし、

健康志向なのにアルコールいぞんで、栄養失調。


がりがり、削りながら生きてるんですね、生活。




・・・・・・・・・・・・・・・



8月28日の夜から、福島へ行きます。

~9月3日(昼過ぎ京都着予定?)。


(28日は、なのぼろふぇすたですが、出発とえんそうが被らなければよし。)



文教大のプログラムになるようです。

お世話になっている文化人類学科の教授にお誘いいただいて、

これは行かねば、と思ったので行きます。




震災から4ヵ月。

結局アカノタニンなんだ自分は って、思い知らされたんだった。


情報を手に入れては、セージカに対して不快に思ったり、あーだこーだと考えたり、映像をみて悲しくなったり、生き抜く人々のドキュメンタリーを観て感動したり、

あぁ、これ、エチオピアで車内から外を見てたのと一緒やんか って。


こんな世界があるのか…と、ただただ驚き見入る。そんで、ひとりアタマノナカで考える。


「「考えたって、それは、キミの世界でしかないんだよ。」」


テレビ画面で見た世界は、映像を撮ったかれの世界だ。


撮ったかれは事実を観たけれど、映像は1つの角度からしか撮れない。


車内から観た外の景色は、ときどき悲惨だった。その悲惨さしか分からない。


その悲惨さがどのような物語を経てそうなったのか、そもそもそれは本当に悲惨なのか、



五感で触れなければ、解らない。



車から降りたとき、体に入ってくる 匂い・味・感触・音・生の映像。


笑っていた、薄汚れた服を着て物乞う少女は、笑っていた。





行かないといけない。

知らないといけない。

出会わないと、なにもわからない。





なにができる とか、 復興の支援を とかじゃなくて


会いにいくのだ。



知ることだ。


感じて、そして、手をつないで、つながる。



簡単なことじゃない。



「無理だろ」「現実的に考えろ」 そこじゃない。



あいにいく ことがすべてだ。









kakenukete








賢いユリシーズは、あいにいくバンドです。




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Comment

  • はいちゅう
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ボクモ、心が触れ合うことが大切だとオモイマス。

  • おおはま
  • URL

福島、すごくいきたいので代わりにいろいろ見てきてください。写真もお願いします。ぼくのぶんも会いに行ってください

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